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ベートーベン:交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」


ミュンシュ指揮 ボストン交響楽団 1955年5月2日録音をダウンロード

  1. Beethoven:Symphony No.5 in C minor, Op.67 [1.Allegro Con Brio]
  2. Beethoven:Symphony No.5 in C minor, Op.67 [2.Andante Con Moto]
  3. Beethoven:Symphony No.5 in C minor, Op.67 [3.Allegro]
  4. Beethoven:Symphony No.5 in C minor, Op.67 [4.Allegro]

極限まで無駄をそぎ落とした音楽



今更何も言う必要がないほどの有名な作品です。
クラシック音楽に何の興味がない人でも、この作品の冒頭を知らない人はないでしょう。

交響曲と言えば「運命」、クラシック音楽と言えば「運命」です。

この作品は第3番の交響曲「エロイカ」が完成したすぐあとに着手されています。スケッチにまでさかのぼるとエロイカの創作時期とも重なると言われます。(1803年にこの作品のスケッチと思われる物があるそうです。ちなみにエロイカは1803〜4年にかけて創作されています。)

しかし、ベートーベンはこの作品の創作を一時的に中断をして第4番の交響曲を作曲しています。これには、とある伯爵未亡人との恋愛が関係していると言われています。
そして幸か不幸か、この恋愛が破局に向かう中でベートーベンはこの運命の創作活動に舞い戻ってきます。

そういう意味では、本格的に創作活動に着手されたのは1807年で、完成はその翌年ですが、全体を見渡してみると完成までにかなりの年月を要した作品だと言えます。そして、ベートーベンは決して筆の早い人ではなかったのですが、これほどまでに時間を要した作品は数えるほどです。

その理由は、この作品の特徴となっている緊密きわまる構成とその無駄のなさにあります。
エロイカと比べてみるとその違いは歴然としています。もっとも、その整理しきれない部分が渾然として存在しているところにエロイカの魅力があるのですが、運命の魅力は極限にまで整理され尽くしたところにあると言えます。
それだけに、創作には多大な苦労と時間を要したのでしょう。

それ以後の時代を眺めてみても、これほどまでに無駄の少ない作品は新ウィーン楽派と言われたベルクやウェーベルンが登場するまではちょっと思い当たりません。(多少方向性は異なるでしょうが、・・・だいぶ違うかな?)

それから、それまでの交響曲と比べると楽器が増やされている点も重要です。
その増やされた楽器は第4楽章で一気に登場して、音色においても音量においても今までにない幅の広がりをもたらして、絶大な効果をあげています。
これもまたこの作品が広く愛される一因ともなっています。


忘れ去ってしまうには惜しい録音〜ミュンシュのベートーベン

 ユング君にとってミュンシュといえばその最晩年のパリ管とのコンビで録音した幻想とブラームスの1番でした。特にブラームスはまるでフルトヴェングラーを思わせるような演奏で、ブラ1大好きな若き日のユング君にとっては、それこそ擦り切れるほど聞いた録音でした。それだけに、あの吉田大明神が「世界の指揮者」の中で、ミュンシュの初来日の時の演奏を「目の前にスコアが浮かび上がってくるような明晰きわまりない演奏で驚かされた」・・・みたいなことを書いているのを発見して驚かされたのも懐かしい思い出です。
 パリ管とのコンビで知っているミュンシュの姿はそう言う明晰さとは対極にあるような激情をぶつけた熱い演奏だったので、何かの間違いではないかと思ったものです。もっとも、その後ボストン時代の録音も聞くようになってそのクエスチョンは少しずつ解消されるようになったのですが、ホントにこんなにも対照的な二面性を持った指揮者は他には思い当たりません。
 それは、ワルターがヨーロッパ時代とアメリカ時代で芸風を大きく変えたというのとは少し性格の違う話のように思います。ワルターの場合はヨーロッパ時代の演奏こそが彼の本質であって、アメリカ時代の男性的で剛毅な演奏は「営業上の理由」が少なくなかったように思えます。しかし、ミュンシュの場合はボストン時代によくかいま見られた明晰でクリアな演奏も彼の本質から発したものであれば、時にライブで見せた熱い激情の爆発も彼の本質であったように思えるからです。いわば、ある意味では二律背反するようなアポロ的な側面とデモーニッシュな側面がミュンシュという男の中では何の矛盾も感じず同居していたように見えます。

 しかし、さらにつっこんで考えてみれば、それなりの指揮者ならば誰でもそう言う二面性は内包しているのが当然なのかもしれません。例えば、セルやライナーをその表面だけを垣間見て機能性重視だけの冷たい演奏と断じれば大きな過ちを起こすことは周知の事実です。彼らのその強固な造形性の内部でたぎるような情熱が息づいていることは、聞く耳さえあれば誰もが了解できることです。しかし、彼らは、そのその様な熱い思いを「ナマの形」でさらけ出すことは生涯良しとはしませんでした。その事を思えば、ミュンシュという人の二面性は、結局はセルやライナーほどには己を律することができなかった結果なのかもしれません。そう言えば、一部ではミュンシュの爆発したライブを高く評価する向きもあるようで、その事は決して否定するつもりはないのですが、何度も繰り返して聞くにはいささか粗雑にすぎる感も否定できません。

 ミュンシュが指揮者としてキャリアを本格的にスタートさせたのは40代です。これは10代の頃に歌劇場の下積みからスタートすることの多かった同時代の指揮者とくべればあまりにも遅いスタートといわざるをえません。もちろん、オーケストラプレーヤーとしてフルトヴェングラーをはじめとして多くの指揮者から学ぶことは多かったでしょう。しかし、指揮者にとって歌劇場の下積みからたたき上げで学ぶことがいかに重要かは指摘するまでもないことです。
そう言う、下積みからのたたき上げの経験がないということで言えば、いささかアマチュア的な指揮者だったと言えばお叱りを受けるでしょうか?しかし、恣意性が至るところで顔を出すライブ録音などを聞かされると、そして、セルやライナーのようなプロ中のプロと比べれば、そう言う思いが頭をよぎる人も少なくないのではないでしょうか?

 残念ながらミュンシュの評価はフランスがその国家的威信をかけた創設したパリ管を任された頃を絶頂とすると、その後の評価は下がる一方のように見えます。近年、ボストン時代の録音がまとまってリリースされましたが、残念ながら再評価の機運もあまりないようです。この辺のことも、そう言うアマチュア的な弱さが大きな原因となってはいないでしょうか?
 ただし、今回ボストン時代のミュンシュをまとめて聞いてみて、明晰さを前面に押し出して、恣意性を極力抑え込んだ録音はなかなかに立派なものだと再認識されました。それは、彼が得意としたベルリオーズ等のフランス音楽だけなでなく、ベートーベンなどのドイツ系の音楽においても同様のことがいえます。
 ミュンシュのベートーベンといえば9番に関しては昔から評価が高かったのですが、それ以外の作品もなかなかに立派なものです。どれもこれも造形がしっかりして、曖昧さというものが全くない明晰な演奏ばかりです。そして、ボストン響がもつどこかくすんだような響きがヨーロッパのオケを思わせるような風情があって、セルやライナーとは一線を画しています。
 やはり、忘れ去ってしまうには惜しい録音です。