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C.P.E. バッハ:フルート・ソナタ ト短調, H.542.5(C.P.E.Bach:Flute Sonata in G minor, H.542.5)
(Fl)オーレル・ニコレ (Harpsichord)カール・リヒター 1963年6月12日~15日録音(Aurele Nicolet(Harpsichord)Karl Richter Recorded on June 12-15,1963)をダウンロード
- C.P.E.Bach:Flute(Violin) Sonata in G minor, H.542.5(J.S.Bach:Flute Sonata in G Minor, BWV 1020) [1.Allegro]
- C.P.E.Bach:Flute(Violin) Sonata in G minor, H.542.5(J.S.Bach:Flute Sonata in G Minor, BWV 1020) [2.Adagio]
- C.P.E.Bach:Flute(Violin) Sonata in G minor, H.542.5(J.S.Bach:Flute Sonata in G Minor, BWV 1020) [3.Allegro]
「多感様式」や「ギャラント様式」の先駆け

この楽曲は、父であるJ.S. バッハの作品として長年親しまれてきました。ですから「BWV 1020」という番号も割り振られていました。
しかし、近年の研究によると次男であるC.P.E. バッハの作品、もしくは彼が深く関わった作品である可能性が極めて高いとされています。
バロック音楽から古典派音楽への過渡期に位置する「多感様式」や「ギャラント様式」の先駆け的な特徴を持っています。
「多感様式」とはあまり聞きなれない用語ですが、厳格なルールに基づき、1つの楽章で1つの感情を一貫して描いた父のバロック音楽への反発として生まれ、「人間の心の本音や、移ろいやすい繊細な感情をそのまま音楽に表現する」ことを目指したものです。
C.P.E. バッハはその著書「クラヴィーア奏法試論」の中で、多感様式の本質を表す名言を残しています。
「音楽家が聴衆の感情を動かすには、自分自身も感情を動かされなければならない」
彼は演奏中、実際に涙を流したり、取り憑かれたような表情で鍵盤に向かったりしたと伝えられており、楽譜に書かれた音符を超えた「魂の叫び」を音楽に求めたと伝えられています。
この作品の第2楽章で、フルートが細かく揺れ動くような、切なく抒情的なメロディを歌うのは、まさにこの「多感様式」の美学が色濃く反映されているからです。
- 第1楽章;Allegro
緊迫感のあるト短調の主和音から始まる、引き締まった表情を持つ楽章です。
チェンバロの右手によって提示される、キレのある明快なテーマが特徴です。
フルートがチェンバロのテーマを引き継ぎ、2つの楽器が追いかけ合うように緻密な対位法を展開します。
父の厳格なバロック様式に比べ、旋律の区切りがはっきりしており、前古典派(ギャラント様式)特有の軽やかさと明快さが随所に現れます。 - 第2楽章:Adagio
全楽章の中で最も有名であり、独立して演奏されることも多い極めて美しい緩端楽章です。
同主調の平行調にあたる変ホ長調で書かれ、フルートが息の長い、優美で切ないメロディを歌い上げます。
C.P.E. バッハが確立した、人間の移ろいやすい感情を繊細に表現する「多感様式(Empfindsamer Stil)」の典型です。
チェンバロは一歩下がり、フルートの歌を優しく支える拍子を刻む役割に徹することで、フルートの抒情性を最大限に引き立てます。 - 第3楽章:Allegro
再びト短調に戻り、16分音符が駆け抜ける快速でリズミカルなフィナーレです。
3/8拍子の軽快なリズムに乗り、フルートとチェンバロが激しく火花を散らします。前半と後半の2部構成で、細かなパッセージやトリルが連続する華やかな技巧が要求されます。
短調特有の哀愁を帯びた疾走感のまま、最後は潔く力強い和音で全曲を締めくくります。
おそらく、二人の相性は良かったのでしょう。
オーレル・ニコレのように長生きをしてしまうと晩年はほとんど情報も入ってこなくなり、突然の訃報(2016年)を知ったときには「まだ、存命だったんだ!」などと言う怪しからぬ事を思ってしまうのです。ニコレと言えば、ランパルとならんでフルートの2枚看板でした。
こう書くと、ベーター・ルーカス・グラーフも忘れてくれるなと言う声も聞こえてきそうなのですが、知名度という点ではこの二人には大きく譲ります。
ランパルとニコレを並べてみれば、残念ながらニコレの方はいささか影が薄くなってしまっているような気がします。ランパルは亡くなってから既に15年以上の時間が経過しているのですから、考えてみれば不思議な話です。
ニコレは12才ではじめてリサイタルを開いた早熟の天才であり、24歳の時にはフルトヴェングラーに見いだされてベルリン・フィルの首席奏者に抜擢されます。その後、チェリビダッケやカラヤンのもとで演奏を行うのですが、彼が深く尊敬したのはカラヤンではなくてチェリビダッケの方でした。
あまりふれている人は少ないのですが、実際の演奏活動を通して、ニコレが帝王カラヤンではなくて異端児のチェリビダッケの方を評価していたというのは非常に興味深いものがあります。
そんなニコレとランパルとを並べてみれば、その関係はどこかカラヤンとチェリビダッケに似ています。
もちろん、二人はカラヤンとチェリビダッケほどには仲が悪くはなかったでしょうし、ニコレもまたチェリビダッケほど狷介な性格ではありません。しかし、狷介とまではいかなくても、演奏でも教育でもかなり厳格な精神の持ち主であったことは事実のようです。
また、ニコレはチェリビダッケのように録音という行為そのものを否定していたわけでもありません。
しかし、カラヤン的な「売れるなら何でもやります」みたいなところがあったランパルに対して、ニコレの方はそこまで「芸人」には徹しきれない潔さがありました。
カラヤンはよく「星の数(屑)」ほど録音したと言われますが、ランパルもまた膨大な量の録音を残しています。
それと比べれば、ニコレは非常に禁欲的であり、その面でもチェリ的です。
そして、こういう世界では「露出」することが大切であり、それは亡くなってからでも意味を持ちます。それは「まだ存命だったんだ」と「もう亡くなっていたんだ」くらいの差になることもあります。
ただし、厚かましさがあれば「露出」が出来るというわけでなく、そこには「露出」に耐えうる「芸」と、「露出」することで「あれこれ批判される事」に屈しないタフな「精神力」が不可欠です。
貶しているわけではないのですが、日本側の要望で「ちんちん千鳥」なんかを録音しているランパルを聞くと、「この人はタフだなぁ!」と感心してしまうのです。
そして、そう言う面でもっともタフだったのはカラヤンでした。
そんなニコレですから、ベルリンフィルが完全にカラヤン統治下になるとやめてしまうのは当然だったでしょう。
そして、ソロ活動に転身していく中でリヒターとの関係を深めていき、随分とたくさんの録音を残しています。
ニコレのフルートは優美さよりも芯が強く、輪郭のはっきりした深い音色が特徴です。一音一音に宿る厳しいまでのリズム感と、格調高く毅然としたフレーズ感はニコレならではです。
リヒターのチェンバロもがっしりとした堅牢な打鍵とダイナミックな表現は見事です。
この二人が協演すれな、フルート・ソナタは必然的に両者が対等な火花を散らす「二重奏曲」の世界になるのです。
ニコレはゴシップネタになるようなことはしゃべらない人だったので、本当のところは分かりませんが、チェリの次くらいには気に入っていたのでしょう。