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ベートーベン:交響曲第3番 変ホ長調 作品55「英雄」


コンヴィチュニー指揮 ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団 1959年~1961年録音をダウンロード


音楽史における最大の奇跡



今日のコンサートプログラムにおいて「交響曲」というジャンルはそのもっとも重要なポジションを占めています。しかし、この音楽形式が誕生のはじめからそのような地位を占めていたわけではありません。
 浅学にして、その歴史を詳細につづる力はありませんが、ハイドンがその様式を確立し、モーツァルトがそれを受け継ぎ、ベートーベンが完成させたといって大きな間違いはないでしょう。

 特に重要なのが、この「エロイカ」と呼ばれるベートーベンの第3交響曲です。
 ハイリゲンシュタットの遺書とセットになって語られることが多い作品です。人生における危機的状況をくぐり抜けた一人の男が、そこで味わった人生の重みをすべて投げ込んだ音楽となっています。

 ハイドンからモーツァルト、そしてベートーベンの1,2番の交響曲を概観してみると、そこには着実な連続性をみることができます。たとえば、ベートーベンの第1交響曲を聞けば、それは疑いもなくモーツァルトのジュピターの後継者であることを誰もが納得できます。
 そして第2交響曲は1番をさらに発展させた立派な交響曲であることに異論はないでしょう。

 ところが、このエロイカが第2交響曲を継承させ発展させたものかと問われれば躊躇せざるを得ません。それほどまでに、この二つの間には大きな溝が横たわっています。

 エロイカにおいては、形式や様式というものは二次的な意味しか与えられていません。優先されているのは、そこで表現されるべき「人間的真実」であり、その目的のためにはいかなる表現方法も辞さないという確固たる姿勢が貫かれています。
 たとえば、第2楽章の中間部で鳴り響くトランペットの音は、当時の聴衆には何かの間違いとしか思えなかったようです。第1、第2というすばらしい「傑作」を書き上げたベートーベンが、どうして急にこんな「へんてこりんな音楽」を書いたのかと訝ったという話も伝わっています。

 それほどまでに、この作品は時代の常識を突き抜けていました。
 しかし、この飛躍によってこそ、交響曲がクラシック音楽における最も重要な音楽形式の一つとなりました。いや、それどことろか、クラシック音楽という芸術そのものを新しい時代へと飛躍させました。
 事物というものは着実な積み重ねと前進だけで壁を突破するのではなく、時にこのような劇的な飛躍によって新しい局面が切り開かれるものだという事を改めて確認させてくれます。

 その事を思えば、エロイカこそが交響曲というジャンルにおける最高の作品であり、それどころか、クラシック音楽という芸術分野における最高の作品であることをユング君は確信しています。それも、「One of the Best」ではなく、「The Best」であると確信しているユング君です。

大物に互しても存在価値のある全集

振り返ってみれば、1950年代の後半から1960年代の初頭、言葉をかえればモノラル録音からステレオ録音へと移行していった時期というのは、とてつもなく凄い時代だったと言うことに気づかされます。
例えば、ベートーベンの交響曲全集という、このクラシック音楽の王道を概観するだけでも、これだけの録音がリリースされています。


  1. クリュイタンス指揮 ベルリンフィル 1957年~1961年録音 

  2. クレンペラー指揮 フィルハーモニア管弦楽団 1957年~1961年録音

  3. シューリヒト指揮 パリ音楽院管弦楽団 1957年~1958年録音(これのみモノラル録音)

  4. ワルター指揮 コロンビア交響楽団 1958年~1959年録音

  5. コンヴィチュニー ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管 1959年~1961年録音

  6. レイホヴィッツ指揮 ロイヤルフィル 1961年録音

  7. クリップス指揮 ロンドン交響楽団 1961年録音

  8. カラヤン指揮 ベルリンフィル 1961年~1962年録音




調べれば他にもあるのかもしれませんが、わずか5年間の間にこれだけも多様性のあるベートーベン像が提供されたというのは壮観というしかありません。
明晰さの極みともいうべきクリュイタンス盤、巨大な構築物として偉容を示したクレンペラー盤、ピリオド楽器による演奏でさえ裸足で逃げ出していきそうな快速演奏のレイホヴィッツ盤、そこまでじゃないけれど若々しくてスピーディーなベートーベンを提起したカラヤン盤・・・等々です。
そう言う多様性の中に、この「コンヴィチュニー&ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管」の演奏を置いてみると、どのように映るのでしょうか。

パッと聞いただけでは、いささか特徴に乏しい演奏のように聞こえます。言葉をかえれば、聞き手の耳をさっと捕まえてしまうような魅力には乏しいかもしれません。
確かに、こうして並べてみると、クリップスやワルターの演奏はいささか分が悪いことは否めません。シューリヒトも、かなり状態の悪いモノラル録音ということで、「ステンドグラスのようなベートーヴェン像」もいささかくすみ気味なのが残念です。

しかし、コンヴィチュニーの録音は、聞き手の耳をすぐに虜にするような愛想の良さや声高な主張はありません。しかし、結局は最後まで聞かされて、その後には大きな満足感が残るという「大人の演奏」に仕上がっています。
もしかしたら、「今日はベートーベンでも聴いてみようか・・・!」と思い立った時に、結局は手が伸びる回数が一番多くなるという録音かもしれません。

俗な言い方をすれば、噛めば噛むほど味の出る演奏です。

では、その味とはどんなものでしょう?

まず、すぐに気がつくのは、今ではなかなか聞くことのできなくなったふくよかで暖かみのあるオケの響きの素晴らしさです。きらきらした華やかさとは正反対の厚みのある響きです。弦もいいですが、特に木管群の響きが魅力的です。
昔のヨーロッパのオケというのは、みんなこんな響きを持っていたのですが、いつの間にか華やかであってもどこかメタリックな感じの響きに変化してしまいました。
確かに、昨今のオケと比べれば機能的とは言えないのでしょうが、それでもこの生成りのザラッとしたような響きは魅力的です。そして、馬鹿ウマではないけれども、内部の見通しも良く透明感も失っていません。
まずは、これが味の一つめでしょうか。

二つめは、やはりドイツの力こぶ!
これはもう説明の必要はないでしょう。ドンと構えていて、ここぞというところではぐっと力こぶが入る演奏というのは、聞けそうでいて、現実にはなかなか聞けない音楽です。セル&クリーブランド管などが典型なのですが、グンとパワーが入っても最終的にはスタイリッシュに格好良く決まってしまうのです。もちろん、それはそれでいいのですが、時にはこういう「野蛮さ」みたいなモノが残っている演奏も聴いてみたくなります。
しかし、例えば田園の第2楽章や終楽章の牧人の歌などどを聞くと意外なほどに優しさにあふれていて驚かされたりします。
そう言えば、テンシュテットが録音した田園も同じような歌心に満ちた演奏で、最後の牧人の歌は神に呼びかけるような崇高さにあふれていたのを思い出しました。もしかしたら、東独ではベート?ベンの田園をこんな風に演奏する伝統でもあったのでしょうか。
とは言え、このコンヴィチュニーの基本は緩除楽章も「淡麗辛口」です。
お子様向きではありません。

そして最後にあげておきたいのが、隅々まで指揮者の指示が行き届いていて、まさにコンヴィチュニーという指揮者が信じるベートーヴェン像がか確固として提示されていることです。そして、その解釈が(これもまた好きな言葉ではないのですが)、この時代にまで連綿と引き継がれてきた伝統的なベートーベン像を見事なまでに具体化してくれているということです。
まあ、こういう言い方だけでは何も言っていないのに等しいのですが、一つ一つのフレーズや響きには(おそらくは劇場的な継承として伝統的に引き継がれてきたであろう)微妙なニュアンスが込められていて、この録音に向けてさぞや何度も練習を積み重ねただろうなと思わせられます。

そんなわけで、同時代の大物に混じると地味で目立たない全集ではあるのですが、内容的には充分五分に渡り合えるだけの「格」を持った録音であることは保障できます。

<追記>
昨日、コンヴィチュニーの田園をアップしたところ、「私の手持ちのCDにはPマークが63年になっています。著作権は大丈夫なのでしょうか?」という趣旨のメールをいただきました。
62年発行の「洋楽レコード総目録」によりますと、コンヴィチュニー指揮のベートーベンの交響曲は61年に全て分売で国内発売されています。そして、翌62年には全集という形でまとめてリリ?スされたようです。ですから、間違いなく2012年の段階でパブリックドメインとなっています。

それにしても、CDの発売元が満足に初出年も確定できないとは困った話です。
なお、ついでですので、どなたかレイホヴィッツの録音の初出年をご存じの方はいないでしょうか。録音は1961年の4月から6月にかけて集中的に行われたことは分かっているのですが、どう調べても「初出年」が分かりません。
この録音は、リーダーズ・ダイジェストの会員向けに頒布されたものなので、目録を探しても一切手がかりはありません。基本は会員向けの頒布なのでおそらくは61年から62年にかけて出回ったと思うのですが、どうしても裏が取れません。どこかの市会議員みたいに裏も取らずに公開するわけにもいかないので困っています。